コロナと差別・ある実名告白者の思い

新型コロナウイルスに感染した経験を実名で伝え続ける男性。差別や偏見への思いから始めた、その行動を受けて周囲の人々も少しずつ変わり始めています。

北海道北見市の奥村光正(おくむら みつまさ)さんです。「こうやって元気で仕事できるのが何よりも大切」そう語る奥村さんの大切な日常が奪われたのは2月のことでした。

奥村さんは道内で初めての集団感染=いわゆるクラスターの一人として新型コロナウイルスに感染しました。奥村さんは「季節の記憶が飛んでいる…3月という月が全くない」そう話します。過酷な入院生活の先に待っていたのは、言われなき差別と偏見でした。

奥村光正さん「治って帰ってきてもあいつはウイルス持っているぞと。忘れたい」

「ここが会場」そう語る奥村さんは北見市で電機店を営んでいます。2020年2月、市内で開かれた生活用品の展示会に出展した際、新型コロナウイルスに感染しました。当時、睡眠不足が続き体はやや疲れ気味でした。体調に変化が現れたのは展示会に参加した1週間後のことです。

奥村光正さん「2月25日の午後から体がだるくなってきた。忙しくて仕事もしなければならなかった。悪寒はしていた。夜寝ていても布団の中で暖まらない」

その後、会場にいた参加者らが次々に新型コロナウイルスに感染していたことが判明。奥村さんも検査で感染が確認され病院に入院しました。

道内74例目の感染者…それが奥村さんでした。最終的に13人の感染者を出した道内初のクラスターでした。奥村さんは「体育館のように広かったから、密閉なんて思っていなった」と振り返ります。

これは、奥村さんの当時のレントゲン写真です。「とにかく圧迫感がある。服を脱ぎたくてかきむしりたいというか」そう奥村さんは語ります。家族とも会えないつらい入院生活は2週間続きました。そんな中、奥村さんは仕事の先行き以上に不安に感じていたことがありました。

奥村光正さん「お前コロナだろって言われるのではと思った。対面恐怖症になる」

退院後、不安は現実のものとなります。なじみの客が温かく迎えてくれた一方で、心無い言葉を投げつける人もいました。

奥村光正さん「治って帰ってきてもあいつはウイルスを持っているぞと。菌を持っているからうつるんだ、という噂がたった。忘れたいよね」

追い詰められた末に、こんなことも考えたと話します。「妻に伝えた。仕事にならなかったら出稼ぎに行く。マイナス思考になっていた」

なぜ自分がこんな目に遭うのか…。心に傷を負った奥村さんの出した答えが、症状が回復したことや、コロナで注意すべき点をチラシやはがきに書き込み周囲に配ることでした。実名と顔をさらし、感染したことを伝えようと決意したのです。

奥村光正さん「風評はわからない不安からくる。わからないから不安が大きくなる」

あれから5か月余り。周囲の誤解や偏見はなくなり、日常は戻りつつあります。なじみの客が奥村さんを気遣い、仕事を頼んでくれることも多くなってきました。

奥村さんの同級生「今仕事が大変な時期だろうから、少しでも協力したいと思った」

さらに嬉しい反応もありました。奥村さんの活動を知った方から励ましのはがきが届いたのです。愛知県に住む高齢者からです。「チラシにコロナにかからないようにどういう風にしたらいいということが、書かれているので是非みんなに紹介したい」という内容でした。

奥村光正さん「ありがたい。ますます励みになって力が湧いてくる」

奥村さんは返事の手紙に一文字一文字、今の思いを丁寧に書き込みます。

しかし、今もときおり、コロナで受けた差別の記憶がよみがえることがあるといいます。

奥村光正さん「相手がどう思っているんだろう。『こいつも自分のことを新型コロナ感染者だった』と思っているのではと、そういう気持ちになる。だんだん自分が卑屈になっていく」

感染拡大が止まらぬ中、今も自分のように差別で苦しむ人が大勢いるのではないかと奥村さんは心配しています。


奥村光正さん「不安を乗り越えて、闘病して退院して出てくる人の気持ちを慮って温かく迎え入れるような社会になってほしい」

まずできることは自分の周りにある「小さな社会」を変えること。そのために奥村さんは、これからも自らの経験を伝え続ける覚悟です。

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