HBC記者の祖母が語った「満州」とは。

HBCの記者が、戦時中の満州=今の中国東北部で暮らし、終戦の混乱を生き延びた、祖母の記憶を辿りました。豊かな生活を夢見て、北海道から満州へ渡った家族。日本の敗戦で、夢は悪夢に…87歳の女性が語る、壮絶な戦争体験です。

戦争中の話を聞かせてほしいと、北海道北見市で暮らす祖母の家を訪ねました。菅原恵美子、1933年生まれの87歳です。

見せてくれたのは、80年前の家族写真。祖母は当時7歳。中国の満州に渡る直前に、横須賀で撮影したものです。祖母の父は、道東の清里町で、鉄道の仕事をしていましたが、南満州鉄道に転職することにしたのです。待遇のいい満州で、子どもたちにいい教育を受けさせたい。それが父親の思いでした。

祖母・菅原恵美子さん「清里町・札弦の駅にいるよりも南満州鉄道で募集している方がお金が3倍だったのさ。それで行くっていうことになって」

1932年、日本は中国東北部に「満州国」を建国し、多くの日本人を送り込みました。祖母が移住した満州国・通化での生活は豊かだったと言います。

祖母・菅原恵美子さん「戦争が激しくなったでしょ?そうしたら日本は配給制で何もないと言ってきたとき、食べ物もずいぶん送って」

しかし、1945年8月9日、ソビエトが満州に侵攻したことで、状況は一変します。

祖母・菅原恵美子さん「その日にいきなり空襲警報が鳴って。家の裏に小さい防空壕を作ってあったんだわ。『そこにはいれー!』って言われて。私、馬鹿力だして畳をそこの上に乗せて、みんなでこうやって祈ってた」

明るい祖母からは想像もつかない満州での体験。孫の私に語るのは初めてです。祖母の満州での生活は、日本の敗戦で、さらに厳しいものとなります。

祖母・菅原恵美子さん「お昼ご飯を食べてみんなで昼寝してたの。そしたらバーンと家の中に銃弾を撃ち込まれて、こうやって頭下げた。頭上げればさ、撃たたれるしょ。父さんは一生懸命『頭下げて!抵抗するなよ!』って」

満州国で日本人に支配されていた、中国人たちによる略奪でした。

祖母・菅原恵美子さん「うちに来ていた(中国の)人が後ろの方にいて、『あっちへ行って高田さんのところに行きなさい』と言って教えてくれて」

マチを追われた一家は、汽車で、奉天に逃げのびます。その後、祖母は駅の市場で物売りをして家族を支えました。

祖母・菅原恵美子さん「市場にいくときに『恵美子、あそこ死んでるぞ!』って。本当にぼろきれが落ちているかと思うように、日本人が死んでいた」

満州に「開拓民」として渡った日本人はおよそ30万人。祖国に帰ることなく、命を落とした人も少なくありません。

北海道大学の白木沢旭児教授は、「満州開拓」は北海道とも密接にかかわっていたと言います。

北海道大学・白木沢旭児教授「北海道では畑を大規模に耕作するので、馬にプラウ(すき)を引かせて畑を耕している。北海道農法を満州で生かせないかという話になった。それで北海道から技術者とか技師とか農民がたくさん満州に行っています」

しかし、開拓とは名ばかりで、実際には中国の農民から、土地を安く買い上げ農業を営む仕組みでした。

北海道大学・白木沢旭児教授「元の中国の農民たちは当然土地を失うので、土地を奪われたという言い方をされていますね」

私と同世代の中国人は、戦争の歴史をどのように見ているのか。札幌で中国語教師をする馬健(マ・ケン)さんを訪ねました。馬さんの祖母も、戦時中、満州で暮らしていましたが、当時のことを話すことはなかったと言います。

中国語教師・馬健さん「苦しかったでしょうから、あまりそこに触れずに。(話したくなかった感じ?)そういうところもあると思う」

しかし今こそ、歴史を振り返るタイミングだと考えています。

中国語教師・馬健さん「1回起きたことに対して何を学ぶことができるか考えることが、一番現実的。戦争の苦しい話もたくさん聞きますけど、戦後の残留孤児の感動する話も沢山ある。なので冷静に総合的にみることが、私たちの世代だからこそ見えるところではないかと思います」

終戦の1年後、祖母はようやく北海道へ戻ることができました。今でも父親の言葉を忘れません。

祖母・菅原恵美子さん「『俺はお前に悪いことしたな』っていうから『何が?』って言ったら、『満州くんだりまで連れて行って、あんなに苦労させて』って。『外国へ行っていろんなものを見ただけでもありがたいって思っているから父さんそんなこと言わないで』って」

戦後75年を経て、祖母が語ってくれた体験を、私たちの世代は、未来に生かしていかなければなりません。

中原記者は18歳まで、祖母と同じ北見で暮らしていましたが、満州での体験を詳しく聞いたのは今回が初めて。戦後75年がたち、戦争体験者の声に耳を傾ける機会は徐々に減っています。今日ドキッ!では、今後も「戦後75年 北海道と戦争」をシリーズでお伝えしていきます。特設サイトでは動画もみられますので、合わせてこちらもご覧ください。



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