被災地住みますボランティアって?

震災後、2度目の冬を迎えた北海道の厚真町。土砂崩れが起きた山では、斜面の補強工事が続いています。実は、この工事の中で、ここに家族の営みがあったことを証明するものが、今もなお見つかります。

写真です。土にまみれているのは、思い出が詰まった、写真アルバム。これも2月3日に、見つかったばかりです。

西村勇太さん「これはアルバムのページをはがす作業。土砂に押されてつぶされているので」

こうした写真を1枚1枚、復元する人がいます。芦別市出身の西村勇太さんです。西村さんは、2011年の東日本大震災をきっかけに写真の修復技術を習得。現在は、イベントの企画をする傍ら、むかわ町に住み込んで、ボランティア活動に取り組んでいます

西村勇太さん「写真を町民が直すとしたらつらいと思って、外部から支援に入っている。少しでも復旧復興につながれば」

土砂崩れの現場からは、これまでに約1万枚の写真が見つかっています。しかし、そのほとんどが泥や細菌で痛んだ状態でした。

厚真町は、2019年9月から写真の修復を西村さんに依頼。修復できたものを、無料で返却することにしたのです。

この写真、一見すると何も映っていないように見えますが、市販の“のり”を塗ると…

西村勇太さん「出てきてますね。集合写真で、ここが城」

写真に写る「城」の全体像が見えるようになりました。

さらに、パソコン上で修正し、元の写真に近づけていきます。

仕上げまでにかかる日数は、最大で3か月ほど。それがあと7000枚もあるといいます。地道で気の遠くなる作業ですが、西村さんは前を向き続けます。

西村勇太さん「情景が変わってきて5年10年後にはわからなくなる。人が生きていた証しや、そこに住んでいた思い出となる写真を返したい」

こうした移住者が支える復興の活動は安平町にもありました。安平町のJR追分駅からほど近い、町民のコミュニティスペース「エントランス」です。復興の拠点として、2019年11月にオープンしました。こどもの遊び場として使われることもあれば、大人がマチの課題を話し合う場に使われることもあります。

安平町民「循環バスの時刻表をもらいに行ったが、持ちやすい形はどうなんだろうなーと思って若い人の力を貸してもらおうと」

ここを運営するのは20代から30代のスタッフ。彼らにはある共通点があります。それはスタッフのほとんどが震災後に安平町に移住してきたことです。それぞれがマチのボランティアセンターなどで働きながら施設の運営に携わっています。

広報担当の台正人(だい・まさと)さんも、出身は埼玉県。震災時のボランティアをきっかけに、移住を決意しました。

台正人さん「安平町の人たちは面白い。温かくて明るくて、面白く元気がある。知らないうちに町全体のことが好きになった」

この日、台さんたちはあるイベントを開きました。温かい料理をみんなで楽しむ食事会です。出来立てのシュウマイやジャージャー麺…。地元のレストランなどと協力し、中華料理を無料で振る舞いました。

安平町民「初めて来た。子どもが出かけるのが好きなのでまた来ると思う」

安平町民「施設内がこんな風になっていると思わなかった」

安平町民「若い人に触れると元気もらえるよね」

台さんたちの活動を応援する町民も、会場で利用者の誘導を買って出てくれました。

安平町民「(台さんはどんな人?)器用だよ。やったふりをするのが器用(笑)(若い人がいるっていいですね)本当に、地震前だったら考えられなかった。せめてもの救いだよね」

台正人さん「この場所を知らない人や、初めて来たもらった人も多くてよかった。復興には時間がかかると思うが、マチに根付いて、町民が『安平町が好きだ』と誇ってくれるように取り組んでいきたい」

「震災前より、元気なマチに」。被災地のボランティアは復旧・復興の次のステップを見据えて歩みを進めています。

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