「日本最北の海女」がついに引退…ケガとも闘った85歳の記録

石山ヨネ子さんは、9月26日で86歳になります。顔に刻まれた皺は、海とともに生きたヨネ子さんの「年輪」です。

郷里は「海女のメッカ」石川県の輪島市。戦後、「海底の昆布を取ってほしい」という松前漁協の要請で、松前沖の離島、松前小島に渡るようになりました。松前の漁師と結婚して定住。「日本最北の海女」となりました。

松前小島には夏になるとヨネ子さんの「磯笛(いそぶえ)」が響いてきました。海女伝統の呼吸法です。その音色はどこか哀感を帯びています。

2014年9月。ヨネ子さんは昆布漁を終えると、人魚を思わせる自在な潜水術で深場に潜っていきました。海底から取り上げたのは、サザエです。サザエは松前小島が日本の北限。それを北限の海女が取る…会心の漁でした。しかし、その10日後…思わぬ事態に見舞われます。

ヨネ子さんは漁師仲間の家で転倒。左腕を骨折してしまったのです。海女生命最大の危機に直面しました。

入院する病院で80歳になったヨネ子さんは、退院した翌月の2014年11月、輪島へ向かいました。「80歳になったら人生最後の里帰りをしよう」とかねてから計画。腕のケガを押して実行に移しました。

この6年前に亡くなった姉の墓前で、ヨネ子さんは涙を流します。姉のとき子さんは、ヨネ子さんより10歳年上。幼いころから母親以上に面倒をみてくれたといいます。「姉さんが苦労してたのを見てるから、涙が止まらない…」と目頭を押さえました。

もう一つ訪れたかったのが、輪島の北、フェリーで2時間の舳倉島(へぐらじま)。室町時代から「海女の島」として栄えてきました。ヨネ子さんは物心つくとこの島の海に潜り、海女として腕を磨きました。訪れるのは実に50年ぶりです。

ヨネ子さんが毎年昆布を送る親戚に会いました。ヨネ子さんは「今年はケガで昆布送れなくてゴメン」と詫びます。実はこの里帰りが、ヨネ子さんに再起を誓わせたのです…。

2015年1月。松前町内の病院にヨネ子さんの姿がありました。本格的なリハビリに取り組むことにしたのです。

「輪島の人たちはみんな、昆布を待ってるから」

2015年7月。昆布漁の初日。ヨネ子さんは潜りました。腕の痛みにも耐え、その年、例年と遜色のない量の昆布を取りました。しかし、2018年…83歳で迎えた夏。ヨネ子さんは出漁しませんでした。

引退を決意した理由は?そして、これまでの海女人生を振り返って思うことは?「日本最北の海女」激動の人生を振り返りました。

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